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赤毛のアンレビュー 49話 50話

49話 「曲り角」

【物語】
 マリラの目は悪化していたので、レイチェル夫人はマリラにグリーンゲイブルズを売って下宿したらどうかと提案するのです。アンは大学には行かずカーモディで先生になれそうなのでグリーンゲイブルズを売らないでとマリラにいいます。マリラは自分の為にアンが犠牲になる事は許しませんでしたが、アンはグリーンゲイブルズを守る方を優先しました。アンはクィーン学院を卒業した時は未来が一本のまっすぐな道のように思えたが、今はそこに曲がり角がある。角を曲がるとそこにどんな事が待っているのかわからない。その先の道は緑の輝きと柔らかい色とりどりの光と影に包まれたものかもしれないし、見た事もない美しいカーブや丘や谷が待っているのかもしれない、だから全力を尽くしてやってみようと考えたのです。

【感想】
アン49-1-マリラの目はかなり悪く
読書や裁縫はもちろん泣く事も目に負担がかかるので一切やめるようにと医者に言われます。

 マリラの目はかなり悪く読書や裁縫など目に負担がかかるのでしないよういわれます。
でもこうなると殆どの事が目に悪くなり何もするなというのと同じ・・マリラが悲嘆にくれる
のも分かります。弱々しいマリラが切なく感じますね・・。


アン49-2-アンが大学へ行かずカーモディで教師になると いった時正直安堵しました。アンはマリラの事もありましたが、自分の意思でよい先生になりたいと考えこの道を選びましたね。
「未来が一本のまっすぐな道のように思えた。
                    でも今はそこに曲がり角がある。」

赤毛のアン」の屈指の名セリフで、このように思えるアンはやはり立派ですし自分の生きる
道を決め覚悟した言葉ですよね。


50話 「神は天にいましすべて世は事もなし」

【物語】
 アボンリーの学校はギルバートが先生になるはずでしたが、ギルバートはアンが理事会に申し込んだと知ると理事会へ駆けつけて自分は申し込みを取り消すからアンのを受け付けてくれと頼んだのです。その日の夕方、アンはギルバートに会いお互い話し合います。マリラはアンとギルバートが一緒に家に帰ってくるのを見ました。その夜アンはマリラを寝室に送った後、一人窓辺に座りステイシー先生とステラに返事を書くとこういいます。「私は今、何の後悔もなく安らぎに満ちてこの世のすばらしさを褒め称える事ができます。ブラウニングのあの一説のように。神は天にいましすべて世は事もなし」

【感想】
アン50-1-最終回になりようやくアンはギルバートと仲直りします。いや~とにかく長かったですね。この最終回だけ見られる頬を赤らめるアンがレアといえます(^^
 この回でようやくギルバートと仲直りするんですが、彼の声すっかり忘れていました(^^

でもせっかくの仲直りもそれ程、劇的ではなくあっさりしていました。原作がそうですから
仕方ないんですが、何か派手な仲直りのようなものを期待すると肩透かしです。
でもギルバートの事で顔を赤らめるアンが見れて少し嬉しいですがねw

 マリラはアンが男性(ギルバート)と一緒に家に帰ってくるのを見ましたが、アンが男性と
一緒に帰ってくる事など今まで一度もなかったのでビックリしたでしょうね。

 何かアンが急に女っぽくなり、物腰も色っぽくなっていた気がします。あの癇癪を起こして
いた少女が変われば変わるものだと視聴者も感慨あります(^-^;


アン50-2-「私は今、何の後悔もなく安らぎに満ちてこの世のすばらしさを褒め称える事ができます。ブラウニングのあの一説のように。神は天にいましすべて世は事もなし」
 これまでにない苦境である「曲がり角」を自覚し乗り越えようとするアン、だからこそ
ブラウニングの一説「神は天にいましすべて世は事もなし」と言えたのでしょう。

 今なお「赤毛のアン」が読み継がれるのはそんなアン・シャーリーの生き方と成長に人々が
魅了されたからでしょう。

 そしてアニメの「赤毛のアン」が親しまれるのはその原作を忠実に映像化したからだと思い
ます。「赤毛のアン」を原作通り忠実に作ればいい、と判断ができた高畑勲氏はやはり一流の
監督だと思いますね。


 

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