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2015年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年08月

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ポルフィの長い旅 レビュー 34話 35話 36話

34話 「天使へのプレゼント」

【物語】

 前の街での出来事を思い、足取りも重く元気のないままミーナを探して丘陵地を一人歩くポルフィ。途中すれ違う車に乗せてもらおうとするが、なかなか止まってもらえない。あきらめて進もうとすると、後ろからクラクションを鳴らして一台のトラックがやって来た。運転していたアントニオは、ポルフィの疲れた様子を見て、車に乗せてくれる。揺られているうちに寝込んでしまったポルフィが目を覚ました時には、車はアントニオの家のある街に到着してしまっていた。アントニオはポルフィを自分の家に連れて行き、家族に紹介してくれる。娘の元気な少女ソフィアに気に入られ、明日は街を探検しようと約束させられるポルフィ。翌日ポルフィがソフィアと一緒に出掛けていくと、街の人々が次々と親切に話しかけてきた。穏やかで信心深い街の人々。やがてポルフィはソフィアに「神様がいる井戸」へと案内される。

【感想】
ポルフィ・34謎な展開を見せた、「天使へのプレゼント」でした(^-^;
 今回改めて観てもよく分からない話。こういうの分からない自分がバカなのか?
とそんな事を考えてしまう回ともいえます。

 あの町では使えなくなったものは井戸に投げ込むと天国で新しい命が授かる
という言い伝えがあり、使い終わったモノを供養する風習があります。

 でも物(人形)動物(ロバ) そして人間(おじいちゃん、おばあちゃん)も井戸に投げ
込むのか?? 普通に考えれば怖いお話です。 

 風習そのものよりもそんな風習おかしいのでは?とポルフィのように思う人が
誰もいない事にです。

 おじさんの娘も壊れた人形を直すのではなく捨てるというしなにより人間もそう
だと考えている所がなんとも・・・

 この話何かの比喩なのか?単なる怖い話?消費社会への比喩?塀で囲まれ
てるのは何の比喩?

 まぁどうとでも取れる話しとも言えますし、意味があるようでないような。ただ単
にそれっぽく作ってあるだけともいえますが・・・(^-^;;


35話 「信じるこころ」

【物語】

 降りしきる雨の中、ポルフィは森を抜ける夜道を村を目指して歩いていた。その頃別の街の酒場では、今夜もカルロスが賭け事をし、イザベラが占いをする傍らにミーナは一緒に過ごしていた。カルロスに勝っていた客の一人が突然大声で賭けを降りると言い、カウンターに戻るなりミーナに視線を寄こしてくる。男はカルロスがお金の換わりにミーナを賭けたのにあきれ、イザベラにそのことを教えてくれる。怒ったイザベラは、テーブルに駆け寄るとカルロスの頬を張り、代わりに母親の形見のブローチを投げ出す。ミーナは突然の出来事にただ驚くばかりだった。雨の中を雷光に怯えながらまだ村を目指していたポルフィは、かすかな明かりを頼りに壊れた小屋を見つける。助かったとばかりに駆け寄った小屋の前には、サイドカーが停めてあり、ポルフィは思わずエンジンを覗き込む。すると、小屋の中から神父のジュリアーニが現れた。

【感想】

ポルフィ・35ジュリアーノ神父役は池田秀一さん。1994年「七つの海のティコ」でスコットを演じました。
 ポルフィはバイクにつられ、ジュリアーノ神父(池田秀一)と出会います。バイクに
乗ってる神父様ようですが、ポルフィと出会う為には乗り物は必須です。

 ポルフィ今までのいきさつから司祭様の話をどうにも納得できないでいました。
地震という理不尽な現象で両親を失い妹ミーナと離れ離れになったのですから
それも当然です。

 そこでジュリアーノ神父のお話があるのですが、ポルフィでなくてもそれほど納得
できる内容には感じませんでした。

 地震で両親を失ったポルフィを納得させるには、お話ではなくジュリアーノ神父の
行動でみせるべきでしょうが・・・いかんせん時間がなかったです。


36話 「仮面の素顔」


【物語】

 小川のほとりに腰を下ろし、アポロと一緒に食事しながら一休みしているポルフィ。木々の向こうに光るものを見て駆け寄ると、そこには荒れ果てたガソリンスタンドがあった。懐かしがりながら辺りを歩いていると、裏手にある古い農家の陰から人の言い争う声が聞こえてきた。近寄ったポルフィの足音に気付き振り返ったのは、表情のないマスクを着けた少女マリッサだった。ポルフィはマリッサのマスクに驚きながらも、ミーナの写真を見せる。マリッサからはミーナの行方を知る答えは得られなかったが、荒れたガソリンスタンドの様子が気になるポルフィが自分の家族のことを話すと、マリッサもまた5年前に両親を亡くしたことを教えてくれる。打ち解けたマリッサの家でもてなされたポルフィは、マリッサがサンドラと言う少女に「顔を見せるな」と言われてマスクをしているのだと知り憤る。自分を雑草と同じと嘆くマリッサに、ポルフィは「僕が友達になる」と宣言する。

【感想】

ポルフィ・36-1マリッサ役は日高のり子さん、1989年「ピーターパンの冒険」でピーターパン役を演じました。
 マリッサ(日高のり子)という女性が出てきました。今まで世界名作劇場の作品を
数多く観てきましたがまさか・・・仮面キャラを見る事になろうとは!

 いやガンダムとかの作品ではありだとは思うんですが世界名作劇場でこれは・・・
ポルフィという世界観においても合っているとは思えないけど。

 マリッサは顔にキズがある為、自らを醜いと考え普段から仮面をつけているよう
です。でもそれ程の劣等感を抱えた人間なら、まず外へ出て人と会って話をする
こと自体嫌がると思うんですけどね。

 ポルフィと普通に話しをしていますし、買い物にも仮面をつけたまま行きますし
日常生活にはさほど困っていないようです。

 町では子供たちにはやし立てられますが「慣れているから」でおしまい。ポルフィは
子供たちに怒りますが・・・でも自分は子供たちの行動も分かります。

何故なら、仮面をつけたマリッサは滅茶苦茶目立ちすぎ(^^;

 マリッサは仮面をつけることで自分を否定したいようですが、つけることで逆に
目立つので自己主張しているのようなものです。

 自分には相反する行動をしているよく分からない人物に見えますが、仮面では
なくもっと違ったキズの隠し方があるのでは?

 その仮面をつけるマリッサの頑なな心をポルフィが解きほぐすのですが・・・
なんというか突飛過ぎる設定としかいえません。

 世界名作劇場は現在と地続きの過去を描いているので、リアルさが求められる
ので仮面はNGでは?今も昔も仮面つけて生活している人間はいないのですから。


ポルフィ・36-2仮面をつけて生活をしていたら 、夏は暑くて蒸れるだろうな(^-^;





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