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トラップ一家物語 著者 マリア・アウグスタ・フォン・トラップ

マリアフォントラップマリア・アウグスタ・フォン・トラップ
(Maria augusta von Trapp)

1905年~1987年
享年82歳 オーストリア人

サウンド・オブ・ミュージック
(The Story of the Trapp
FamilySingers)1949年出版

 元オーストリア海軍将校ゲオルク・フォン・トラップと結婚し、亡くなった前妻の子供
たちと自らの子供たちでトラップ・ファミリー合唱団を結成して有名になる。自叙伝を
脚色してつくられたのがミュージカル・映画「サウンド・オブ・ミュージック」である。

【経歴】
1905年 母アウグスタ・ライナーを亡くし、父カール・クチェラも9歳の時に失う。

1923年 ノンベルク修道院に志願者として入ったが、修道院の暮らしになじめず
体調を崩した。そこで院長の勧めで修道院を離れ、娘マリアの家庭教師を探していた
フォン・トラップ家に住み込みで働くことになった。

1926年 フォン・トラップ家にやってきたマリアは、もともと音楽が好きだった7人の
子供たちと心を通わせるようになり、やがて父親のゲオルク・フォン・トラップと恋愛
関係になる。

1927年11月26日 ゲオルクとノンベルク修道院で結婚式をあげる。

1933年 オーストリアを襲った金融恐慌により、フォン・トラップ家の財産を預けていた
銀行が倒産し、一家は財産を失う。

1935年 ザルツブルク音楽祭の大衆歌手コンテストに参加し、ヴァスナー神父の
指揮で兄弟姉妹と母親で歌ったところ優勝した。更に、これをラジオで聴いた当時の
首相クルト・シュシュニックは一家をウィーンに招き、その歌声を楽しんだ。これを契機
に合唱団は人気を博し、やがてヨーロッパ全域を回り、コンサート活動を行った。

1938年 オーストリアはナチス政権下のドイツに併合された。家族はオーストリアを
離れることになった。汽車を乗り継いでスイス、フランス、イギリスへと渡り、サウサンプ
トンからアメリカへ向けて出航した。

アメリカでのビザが切れると彼らは再びヨーロッパへ戻り、そこでもコンサートを行って、
1939年10月にまたニューヨークへ渡った。

1940年 大手プロダクションが家族のプロデュースを引き受けるようになった。
「トラップ・ファミリー聖歌隊」という名前を「トラップ・ファミリー合唱団」に改名。
曲目から聖歌を減らしてフォークソングを中心にするよう改められた。こうしてアメリカ中を
まわるようになると再び評判を呼ぶ。

1947年 夫ゲオルクが亡くなる。

1948年 アメリカの市民権を得る。

1949年 マリアが書いた「トラップ・ファミリー合唱団物語」、1955年 「トラップ一家の一年」
を出版ベストセラーになる。

1956年 ドイツの映画会社がマリアの著作の映画化権とそれに関連する権利を9000ドル
で買い取る。収入を必要としていたマリアは全ての権利を売ってしまったため、一家は以降の
映画がもたらした莫大な収入の恩恵を受けられなかった。

1987年3月28日 闘病生活の末にこの世を去った。現在、マリアはトラップ・ファミリー・
ロッジの一角の墓地にゲオルクらと共に眠っている。




サウンド・オブ・ミュージック関連本

トラップ一家物語 (竹書房文庫―世界名作劇場)

マリア・フォン・トラップ (学習漫画 世界の伝記NEXT) (学習漫画世界の伝記NEXT)

トラップ一家物語DVD

サウンド・オブ・ミュージックDVD


 

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